むかし、三条天皇のお妃がご懐任になったとき、お妃の父にあたる関白基経は全国の高僧、加持祈祷師を集めて、王子が授かるように祈願させた。北山の鳴神上人が大寒のさ中に水をかぶり二十一日間の荒行を続けたのは、もし王子が産まれたら褒美として、北山に戒檀堂を建立するという内約があったからだ。その效あってか、やがてお妃は玉のような王子を産み落したが、戒壇堂建立は沙汰やみになった。立腹した上人は北山へ帰ると、法力で三千世界の竜神を竜つぼにとじこめ一滴の雨も降らぬようにしてしまった。旱魃続きにびっくりした朝廷では陰陽師阿部晴明に占わせたところ、鳴神上人の法力をとくには「遊船叢」という唐文を読む以外に方法はなく、文学博士大江是時の孫娘くものたえま姫のほかに適任者はいないと断言した。勅命により参内したたえま姫は文屋豊秀との縁組を条件に、この大役を引き受けた。そして、姫はみよし、うてなの侍女をつれて深山幽谷にわけ入り、上人が竜神をとじこめたという滝つぼのあたりに辿りついた。たえま姫たちは、まず上人の弟子の黒雲、白雲に酒をのませ、踊りで悩殺し、まんまと上人に近づいた。姫は、夫を失った女だが上人の弟子になりたいと、そもなれそめの頃からの身の上話を始めると、佳境に入るところで、上人は壇上から転がり落ちて気を失った。姫の手厚い介抱に気もそぞろの上人は、姫とめおとになることを約した。三三九度の盃に酔いつぶれた上人を尻目に、竜つぼに走りよった姫が懐剣で注連縄を切りおとせば、水柱と共に竜神が昇天し、大雨が沛然と降り出した。弟子の坊に揺り起された上人は欺されたと気がつき、恐ろしい雷神に姿を変じ、忿怒の形相でたえま姫の跡を追って行く……。...