奈良の大学の数学教授である尾関は、こと数学にかけては世界的な学者だが、数学以外のことは全く無関心で、とかく奇行奇癖が多く世間では変人で通っている。妻の節子はこんな尾関につれ添って三十年。コボしながらも彼を尊敬し貧乏世帯をやりくりしてきたのである。娘の登紀子は市役所に勤めていて、同じ職場の佐竹竜二と縁談がある。二人は好きあっているし節子もこの縁談を喜んでいる。ただ竜二の家は飛鳥堂という墨屋の老舗で、竜二の姉美津子はお徳婆さまに気に入るように色々と格式にこだわるのだ。それに登紀子は両親の顔をおぼえぬ戦災孤児で、尾関に拾われ今日まで実の娘と同様に育てられてきたのだった。しかし登紀子はそんなことを気にしているのではない。彼女はむしろ父のそばを離れるのが忍びないのである。それと同時に竜二が父の気に入るかどうか、これも気がかりであった。竜二は尾関がしばしば近所のミルク・ホールにテレビを見に行くことを聞き、ある日、自分で組立てたポータブル・テレビを持参すると、尾関は喜ぶどころか怒ってしまった。竜二もかっとなり怒鳴ったが、文化勲章受賞の報せで中断された。尾関は勲章など欲しくなかったが、五十万円の年金がつくと知り、もらう気になり節子と上京した。東京では学生時代にいたオンボロ下宿に泊って主人の修平を感激させた。その夜宿に泥棒が忍びこみ文化勲章が盗まれた。ところで、奈良では尾関の帰りを待ちうけて数々の祝賀会が計画された。そんなわずらわしいことの大嫌いな尾関は、とうとう姿をくらまし、関係者を慌てさせた。そんな騒ぎの中で登紀子は節子が落ちついているのを不思議に思った。「お父さんは下市の和尚さんのところよ」と、自信ありげに節子はいうのだった。登紀子は下市に行き、母の予想が当ったのを知った。登紀子は竜二との結婚の許しを得ようと話をきりだすと、尾関は「好きな者同士なら勝手に一緒になればいいんだ。儂とお母さんは貧乏で結婚式などあげなかったけれども、もう三十年も続いているんだ。盛大な式をあげても三日も持たない夫婦もある」と、淡々と語るのだった。結婚式などどうでもいい、と尾関は言ったが、節子は登紀子のために華やかな結婚衣裳をあつらえてくれた。そして彼女の嫁ぐ日も近づいたある日、盗まれた文化勲章を当の泥棒が返しにきた。幸せそうに肩をならべて帰って行く登紀子と竜二を包むように東大寺の鐘がのどかに鳴りひびくのだった--。