雨の日も風の日も東京の街々を流して廻るタクシーの運転手、若い松村はバック・ミラーに映った数々の人生断片に考えさせられる。--自動車になど乗ったこともない貧民街の子供達が十人、手に手に十 円札を差出して百円分だけ乗せてくれと騒いだこと。……雨の夜、ふと乗ってきた家出少女を散々なだめすかしてみたものの、一向肯んじぬ強情さに腹を立て、雨中に置去りにしたこと……しかし日を経て松村は母親と連立った幸福そうな彼女と会った。劇場前でもみくちゃにされた人気女優淡路ひかるを拾って、神宮外苑を乗廻し、二人で愉しく合唱などしたこと。……深夜、乗りこんだ酔つぱらい客の「窓抜けの天井渡り」の曲芸に悩まされたこと。……銀婚式当日という孤独な老夫妻の客にガソリン・スタンドの娘から貰った花を贈って、心温まる一夕を過したこと。……自動車強盗に襲われて怖い思いをなめたこと。……刑余の夫と十年の不在を耐えた妻との再会に接して、思わず涙ぐんだこと。--美醜善悪も分たぬ無数の人生にふれて、松村はやはり大都会に吹く一陣の春風--美しい人間の善意を信じないわけにはゆかなかった。